修士論文要旨

2012年10月28日

「読み聞かせ」と母親の子育て観および
子どもの言語発達との関連



金城学院大学大学院 人間生活学研究科
神谷 美智子





修士論文 要旨


第1章 序 論



 「読み聞かせ」 に関するこれまでの研究では,「読み聞かせ」を社会・文化的な行動として捉え,その背後にある社会の子育てに対する考え方との関連について言及することはほとんどなかった.そこで本研究では,「読み聞かせ」に対して親がどのような意義を認めているのかを明らかにし,また意義認識の違いが,子どもの読書環境を整えるうえでどのような差異をもたらすのかを検討することを第1の目的とする.「読み聞かせ」は,養育行動の中でも極めて選択の自由度の高い社会・文化的な行動であり,そこには子育てに対する親の考えが大きく反映されると思われる.そうした親の子育て観と「読み聞かせ」行動が,どのような関連性を持つのかを考察するのが,第2の目的である.さらに第3の目的は,「読み聞かせ」が子どもの言語発達に与える影響について検討することにある.


第2章 調査I:「読み聞かせ」について



1 目的・方法

 「読み聞かせ」に対する親の意義認識を明らかにし,意義認識の違いが,読書環境の準備や「読み聞かせ」場面での 親子の情緒的な関係にもたらす差異を検討することが,調査Iの目的である.愛知県N市の5つの保育園の子どもの母親を対象として,19985月中旬から下旬にかけて実施.調査内容は,・「読み聞かせ」の意義,・子どもの読書環境,・「読み聞かせ」に対する母親の感想と子どもの反応の3点で,649名より回答を得られた.

2 結 果

1)「読み聞かせ」に対する親の意義の認識

 「読み聞かせ」の意義に関する質問項目について因子分析を行った結果,2因子を見出した.これは秋田・無藤(1996)の先行調査で見出された因子とほぼ合致し,第1因子を「文字・知識習得」意義,第2因子を「空想・ふれあい」意義と命名.全体の平均値は「空想・ふれあい」意義の方が高く,個人内でも「空想・ふれあい」意義の方が高い者が 全体の91.1%を占めた.

2)読み聞かせ方

 母親がどのようなことに注意を払って「読み聞かせ」をしているのかを問う質問について因子分析を行った結果,2因子を抽出した.第1因子は「文字・読み方重視型」,第2因子は「内容・会話重視型」読み聞かせである.子どもの年齢と性の2要因分散分析の結果,両読み聞かせ方とも年齢の主効果が有意で,「文字・読み方重視型」では5歳児および4歳児の平均値が高く,「内容・会話重視型」では3歳児が有意に高かった.

3)母親の「読み聞かせ」についての感想と子どもの反応

 質問項目の因子分析の結果,母親の感想では「母親享受型」と「義務・消極型」,子どもの反応では「子ども享受型」と「注意散漫型」の各々2因子を得た.子どもの反応については,年齢と性の2要因分散分析の結果,「子ども享受型」で年齢の主効果が有意となり,交互作用が認められた.「注意散漫型」では性,年齢ともに主効果が有意となった.

4)「読み聞かせ」に対する意義と読書環境に関わる態度・行動との関連

 「読み聞かせ」の意義認識に関して特徴的な4群について,読書環境に関わる態度・行動を比較検討した結果,蔵書数,「読み聞かせ」回数,関心度では「両意義高群」と「空想・ふれあい重視群」が高く,図書館・書店に行く頻度では「文字・知識重視群」が他群よりも低かった.親の好読書度については,両親どちらも「両意義高群」と「空想・ふれあい重視群」で高かった.読み聞かせ方に関しては,「文字・読み方重視型」で「両意義高群」と「文字・知識重視群」が高く,「内容・会話重視型」では「両意義低群」が他群に比べ低くなった.また母親の感想・子どもの反応では,「母親享受型」で「両意義高群」と「空想・ふれあい重視群」が高く,「義務・消極型」では「空想・ふれあい重視群」のみが低かった.子どもの「注意散漫型」では「両意義低群」と「文字・知識重視群」が,「子ども享受型」では「両意義高群」と「空想・ふれあい重視群」がそれぞれ高かった.

3 考 察

  母親の多くは,子どもと会話をすることを楽しみ,「空想・ふれあい」という「読み聞かせ」の過程そのものに意味があると考えているようだ.また母親は,子どもがまだ幼い時期には,文字文化と子どもの間の媒介者として子どもに働きかけるが,子どもが文字を習得し始めるようになると,教授・指導する方向へと関わり方を変化させていくことが示唆された.さらに,「読み聞かせ」に関心が高く,かつ自身が「読み聞かせ」を楽しむことのできる母親は,より積極的に子どもの読書環境の準備に関わる傾向にあり,また子どもも「読み聞かせ」を楽しんでいるということが明らかにされた.

3章 調査II:親の養育態度・行動について



1 目的・方法

 子育てに対する母親の考え・行動を明らかにし,「読み聞かせ」行動との関連性を検討することが調査IIの目的である.調査対象は調査Iでの母親で,19986月中旬から下旬にかけて実施.調査内容は,・子どもに対する態度・行動,・子どもの教育に対する考え, ・母親自身が自分のことをどう捉えているかの3点で,632名より回答を得られた.



 仮説1:子育てに対して肯定的な考えを持ち,子どもを受容することのできる母親は

    「読み聞かせ」という特定の養育行動においても,積極的な姿勢を示すであろう.

 仮説2:母親の教育年数の違いは,養育態度・行動にも違いをもたらすであろう.

2 結 果

1)母親の子育てに対する態度・行動と「読み聞かせ」との関連について

 本調査では,使用した7尺度のうち「寛容的態度」「愛育的態度」「自己教育性」の3項目を「促進的対応」,「外的統制観」「冷淡・拒否的態度」「鈍感的対処」の3項目を「抑制的対応」と呼ぶことにした.そして子どもへの対応が特徴的な4群を選出し,各群が「読み聞かせ」に対してどのような態度・行動を示すかを検討した.

 まず「読み聞かせ」の両意義では,「促進高群」「両高群」の方が他2群より高く,読み聞かせ方の「内容・会話重視型」でも同様であった.母親の感想について,「母親享受型」で「促進高群」「両高群」の方が他2群に比べて高く,「義務・消極型」では「抑制高群」のみが高い結果となった.子どもの「注意散漫型」で「促進高群」が最も低く,「抑制高群」は他の3群よりも高かった.「子ども享受型」では「促進高群」「両高群」の方が他2群より高くなった.また子どもの本の蔵書数と「読み聞かせ」回数・ 時間では, 「促進高群」「両高群」の方が「抑制高群」「両低群」より高く,図書館・書店に行く頻度,「読み聞かせ」時間・関心度に関しては,「抑制高群」が他3群に比べ低くなった.

2)母親の就労・学歴と子育てに対する態度・行動との関連について

 母親の就労と学歴を要因とした分散分析では,「愛育的態度」と「自己教育性」で就労状況と学歴の主効果が有意となり,教育年数の多い者,常勤の仕事や家業に従事する者の方が,そうでない者に比べ高い結果となった.また「寛容的態度」「鈍感的対処」「外的統制観」の各項目では,学歴の主効果が有意で,「寛容的態度」では教育年数の多い者が, 「鈍感的対処」と「外的統制観」では教育年数の少ない方がそれぞれ他群より高かった.

3)教育期待と子育ておよび「読み聞かせ」への態度・行動との関連について

 子どもに対する「早期教育志向」について両親の学歴を要因とした分散分析を行ったところ,父親の学歴で主効果が有意となり,最終学歴が中学の者が他の者に比べ低かった. また子育て4群での「早期教育志向」に関する分散分析では,群の主効果が有意となった.「両高群」および「抑制高群」と「両低群」の間で差が見られ,「両低群」が低かった.「読み聞かせ」4群での分散分析でも「両意義高群」が他3群と比べて有意に高く,「文字・知識重視群」も,「空想・ふれあい重視群」および「両意義低群」より高い結果となった.

3 考 察

 「促進的対応」の評価が高い母親は,「読み聞かせ」の意義認識では,両意義に高い値を示しており,「読み聞かせ」に対する関心は高く,より多く「読み聞かせ」の時間を子育ての中で持っていることがうかがえる.一方「抑制的対応」の高い母親は,子どもとの相互交渉がうまくいかず,子どもに対して効果的な働きかけができにくい状態にあるのではないだろうか.また教育年数の多さは「促進的対応」で効果をもたらし,教育年数の低い母親は,「抑制的対応」をしてしまう傾向にあることが示唆された.


第4章 実験:子どもの言語発達について



1 目 的

 「読み聞かせ」が子どもの言語発達にどのように影響を与えているかを検討する.

 仮説1:「読み聞かせ」に関心が高く,頻繁に「読み聞かせ」を行っている母親の子どもは,そうでない母親の子どもに比べて,言語発達において早熟であるだろう.

 仮説2:言語発達は母親の養育態度・行動とも関連性を持つであろう.

2 方 法

 先行調査の両方に回答のあった母親の子ども(4歳・5歳児)の中から,「読み聞かせ」の開始年齢,関心の程度,回数,時間 4項目の評定値を参考に,2群(「読み聞かせ」への関わりの高い「高群」と低い「低群」)30名を選出し,まずWPPSI 知能診断検査の言語性検査を実施.次いで文字のない紙芝居と絵本の2つの題材で,作話実験を行った.

3 結 果

1WPPSI 知能診断検査の言語性検査

 群と年齢,群と性をそれぞれ要因とした分散分析では,いずれも群の主効果が有意で,「高群」が「低群」より高い結果となった.また言語性検査の5つの下位検査のうちでは,知識,単語および類似でそれぞれ2群の間に有意な差が認められた.

2)作話実験

1)作話量

 文節数と命題数の平均値では,題材に関わりなく「低群」の方が「高群」を上回り,群内では5歳児の平均値が4歳児のそれをやや上回る結果となった.しかしくり返しの命題をとり除いて,作話量に対する命題量の比率を見たところ,「高群」の方が「低群」に比べ高かった.また 話し言葉に特徴的に見られる間投助詞や感動詞の使用数の,作話量に対する比率では,「低群」が「高群」よりも高かった.

2)作話内容と命題の統合

 命題の内容を,行為,物の状態,人の状態,心的状態の4項目に分類したところ,4歳児では行為表現についての命題数が5歳児より多く,心的状態に関する命題ではその関係は逆転した.また「高群」では「低群」に比べ,心的状態に関する命題の平均値が高かった. 命題のカテゴリー×年齢×群の3要因分散分析では,命題のカテゴリーの主効果は有意で,行為についての命題と他の3カテゴリーとの間には有意な差があることがわかった.

 また子どもが命題間に因果関係があるとして,統合し表現していると判断される箇所を抽出し,その数を「因果的統合数」とした.各群の「因果的統合数」の平均値では,「高群」の方が「低群」よりも高く,両群間には有意な差が認められた.

3)作話実験の結果と「読み聞かせ」および養育態度・行動との関連

 2群の母親の「読み聞かせ」行動と子育てに対する態度・行動に関して,分散分析を行ったところ,「読み聞かせ」に関する変数では,「文字・知識習得」意義と「文字・読み方重視」の読み聞かせ方を除いたすべての項目で,群の主効果が見られた.しかも母親の「義務・消極型」と子どもの「注意散漫型」以外では,いずれにおいても「高群」が高い値を示した.

 また子育てに対する態度・行動 に関する変数では,「冷淡・拒否的態度」「愛育的態度」 「外的統制観」「自己教育性」そして「鈍感的対処」において,群の主効果が見られた. 「冷淡・拒否的態度」「外的統制観」および「鈍感的対処」では「低群」が,「愛育的態度」と「自己教育性」では「高群」が,それぞれ有意に高いことが示された.

4 考 察

 「高群」の母親は,子育てにおいては促進的態度で臨み,子どもの読書環境の準備にも積極的である.一方「低群」の母親は,子どもと関わりを持つことに消極的で,どちらかといえばうまく子どもと付き合うことができない傾向にあり,「読み聞かせ」行動においても義務と感じているようである.こうした母親側の違いが,子どもの潜在的な知能を引きだすことに差をもたらしているのではないだろうか.また普段より絵本や物語に親しんでいる「高群」の子ども達は,認知的枠組(「物語スキーマ」や修辞法など)の適用範囲や柔軟性において,「低群」の子ども達に比べ,早期の発達をしているのではないだろうか.それが,命題の統合率の高さとして示されたと思われる.


第5章 結 論



 「読み聞かせ」に対する母親の意義認識については,先行研究とほぼ同様の結果が得られた.また本調査で独自に設けた 親子の情緒 性に関する質問項目でも,意義認識別の4群の差ははっきりと示された.

 調査IIでは,子どもに対して受容的で,子どもの自主性を伸ばすように「促進的対応」をする母親は,「読み聞かせ」や子どもの読書環境を整える行動に積極的であることが明らかとなったが,これは仮説1を支持するものである.さらに母親の教育年数が,子どもへの「促進的対応」に効果をもたらすことも示され,仮説2も支持されたと考えられる.

 実験では,「読み聞かせ」に高い関心を持ち,頻繁に行っている母親の子ども達は,総じてWPPSIの言語性検査では高いIQを示し,より統合性の高い内容のお話作りができることが示された.これにより,仮説1は一応支持されたが,なお縦断的な研究の必要があると思われる.また,母親の子育てにおける「促進的対応」が,子どもの言語発達に関連することも明らかになり,仮説2も支持されたと考えたい.


引用文献



秋田喜代美・大村彰道 1987 幼児・児童のお話作りにおける因果的産出能力の発達 教育心理学研究, 35, 65-73.

秋田喜代美・無藤 隆 1996 幼児への読み聞かせに対する母親の考えと読書環境に関する行動の検討 教育心理学研究, 44, 109-120.

今井道子 1993 乳幼児を持つ母親の子育てに関する研究 (・) 武庫川女子大紀要(人文・社会科学), 41, 41-46.

Kemper, S. 1982 Filling in the missing links. Journal of Verbal Learning and  Verbal Behavior, 21, 99-107.

小嶋秀夫 1971 幼児の知的機能とインヴェントリーで測った母親の態度・行動  金沢大学教育学部紀要 教育・人文・社会科学編, 20, 29-43.

西野泰広 1987 幼児期における母親のしつけパターン ー自己教育的しつけ尺度の開発ー 豊橋短期大学研究紀要, 4, 73-90.

Shank, R.C. & Abelson, R.P. 1977 Scripts, plans, Goals and Understanding.  Lawrence Erlbaum Associates.