”お盆”とは? (1)盂蘭盆と『盂蘭盆経』
京都では8月16日の「五山送り火」で「お盆行事」が終わった。地方・地域によりお盆の時期や行事は様々だが、毎年夏になると必ずやってくる国民的行事。しかし、時折思う。「お盆」って何??
まずは 【盆】 という語。辞書辞典では以下のように説明されている。
①食器などをのせる平らな器。また、それに似た形のもの。②はち。水や酒などを入れる器。③先祖の霊を迎えて供養する行事「盂蘭盆」の略。
③の「盂蘭盆」が該当するようで、「歳時記」にも秋の季語として「盂蘭盆(うらぼん)・盂蘭盆会(うらぼんえ)・盆」と記載されている。では「盂蘭盆」とは?
『デジタル大辞泉』によれば、【盂蘭盆】 とは以下の通り。
7月15日を中心に祖先の冥福を祈る仏事。江戸時代からは13日から16日にかけて行われ、ふつう、迎え火をたいて死者の霊を迎え、精霊棚を作って供物をそなえ、僧による棚経をあげ、墓参りなどをし、送り火をたいて、霊を送る。(…略…) 精霊会。盆。お盆。盂蘭盆会。魂祭り。
さらに[補説]として、「一般に、梵 ullambana (逆さづりの意、倒懸 とうけん と訳す) の音写とされるが、異説がある。」
<『仏説盂蘭盆経』と『盂蘭経』>
「盂蘭盆会」を仏事と考えた場合、その典拠とされているのが 『仏説盂蘭盆経』 。西晋 竺法護訳とされる。竺法護は、鳩摩羅什以前の古訳の訳経僧だが、本経が竺法護訳とされたのは6世紀隋代の『歴代三宝記』以来であり、それ以前には失訳とされていたようだ。それ故か、また梵語原典もチベット語訳も無いことなどから、日本では「偽経」と見做されることもある。
さて、その 『仏説盂蘭盆経』 だが、大きく三つの部分により成り立つ。
① 釈尊十大弟子の一人で神通第一とされる目連 (目犍連 'もっけんれん’ とも) は、亡母が餓鬼道に堕ちているのを知る。嘆き悲しむ目連は、餓鬼道に赴いて鉢に盛ったご飯を母に与えようとするが、母がそれを口に入れようとすると炭となり食べることができない。
② 目連が釈尊に事の次第を告げると、釈尊は「自恣の時 (夏安居の終わる7月15日) に、七世そして現在の父母で厄難の中にある者の為に衆僧を供養せよ。清浄戒を具えるそれら僧を供養したならば、七世の父母、五種親族は、三塗 (三途) を出て解脱し衣食は自然に備わるであろう。」と説いた。
③ 未来世の衆生も同じように「盂蘭盆」を奉じることで、現生の父母や七世の父母は救われるかとの目連の問いに対し、釈尊は告げる。「毎年7月15日に現生の父母や七世の父母を憶って百味の飲食を以って「盂蘭盆」を作して仏及び僧に施し、以って父母の恩に報いよ。」と。
この「目連救母の物語」は、「お盆」の法話として寺院ではよく取り上げられるようだ。ただ古い経録を鑑みるに 『盂蘭盆経』 の原題は 「盆」の無い『盂蘭経』 ではないかという説もある。その根拠として中国 梁代初頭の516年に著された 『経律異相』 には、「目連爲母造盆」なる話の出典が 『盂蘭経』 とあること。さらに 『盂蘭経』 は、『報恩奉盆経 (ほうおんぶぼんきょう)』 と改称され現在に伝わるともされる。「盂蘭盆」は実は「盂蘭+盆」なのか?
<参考資料>
・ Web版 新纂浄土宗大辞典
・ 『お盆雑考』 宮坂 宥洪 著 ( 「現代密教」 第32号 )
・ 『仏説盂蘭盆経』 ―自恣の僧供とその功徳 (仏教講説, VIVEKA)