有為泡影 6

総記

『いろは歌』  年の始めに…
 いろはにほへと ちりぬるを  色は匂へど 散りぬるを
 わかよたれそ  つねならむ  我が世誰ぞ 常ならむ
 うゐのおくやま けふこえて  有為の奥山 今日越えて
 あさきゆめみし ゑひもせす  浅き夢見じ 酔ひもせず

 平安時代後期頃に成立したとされる「いろは歌」の作者は不明だが、手習いの手本として広く普及していった。また正月遊びのひとつとして「いろはカルタ」も楽しまれてきた。しかし、改めて「いろは歌」の意味を考えてみると、そこには「生」への深い洞察が読める。

奈良博「空海展」(2024)チラシより

 古くは弘法大師空海が作ったと考えられ、仏教界では『大般涅槃經 卷第十三 聖行品之下』にある「雪山偈」の意、すなわち「諸行無常」「是生滅法」「生滅滅己」「寂滅為楽」を「日本語」として言い表しているとされる。
 この中でも特によく知られているのが「諸行無常」「諸行無常」というと何かしら「死」を連想し、負のイメージが付きまとうが、"万物は常に変化し続け一処には留まらない" という自然の摂理を解いている文言。"今この瞬間は明日には無いからこそ、少しでも毎日を意義あるものとして充実して生きよ” と言われている気がする。

 また、室町時代の臨済宗の僧、「一休さん」として有名な一休宗純 禅師には、正月を詠ったなかなか面白い狂歌がある。
   門松 (正月) は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし
 ある年の正月のこと。一休禅師は、杖 (または竹) の上に髑髏を載せてこの歌を口ずさみながら洛中を歩いたという逸話が残る。

 一つ齢を重ねれば、また一歩「死」へと近づくのは道理だが、その「無常」と日々向き合うことは凡人にはなかなかに難しい。


< ”万葉仮名” の「いろは歌」>
 文献上最古とされている「いろは歌」の用例は、承暦3 (1079) 年書写の『金光明最勝王経音義』(『金光明最勝王経』に記される漢字の字義・発音について説明した書) に見られ、万葉仮名で書かれている。

仁和寺の冬桜

  以呂波耳本へ止  千利奴流乎和加
  餘多連曽津祢那  良牟有為能於久
  耶万計不己衣天  阿佐伎喩女美之
  恵比毛勢須

<参考資料>
    ・ フリー百科事典  『ウィキペディア(Wikipedia)』   「いろは歌」
    ・ WEB版 新纂浄土宗大辞典   「いろは歌」