有為泡影 7

総記

 如河駛流 往而不返 人命如是 逝者不還 (法句経 無常品)

 先日、高瀬川に架かる三条小橋の東詰にある浄土宗の寺院 「瑞泉寺」 に参拝。ここには、豊臣秀吉の甥 秀次とその一族の墓所がある。
 一時は秀吉の養子となり関白の座にあった秀次だが、謀反の疑いにより切腹。さらには、子供も含めた一族39人が、三条大橋西南の鴨川河原 (現在「瑞泉寺」がある辺り) で公開処刑された。それから16年後。高瀬川の開削を行なった豪商 角倉了以が、豊臣秀次一族を弔うための墓所と寺を建立したのが「瑞泉寺」の始まりという。
 繁華街のビルに囲まれた境内東南に、秀次一族の墓所がある。整然と並ぶ石塔を眺めていると、過去の惨忍な事件が真実なのかとも思ってしまう。

 参拝後に向かった鴨川を眺めながら、ふっと鴨長明の『方丈記』の冒頭部分が心に浮かんだ。

 ユク河ノナガレハ、絶エズシテ、シカモモトノ水二アラズ。澱二浮カブウタカタハ、カツ消エカツ結ビテ、ヒサシク留マリタルタメシナシ。

 三条大橋付近の川岸は、かつては「三条河原」と呼ばれ、罪人の処刑やその斬首された首が晒された場所だった。現在きれいに整備された河原には、水鳥達が飛び交い、人々の憩いの場所となっている。
 長明もこの鴨川河畔の移り行く様を見ていたことだろう。仏教思想の核とも言える「三法印」のひとつ 「諸行無常」 を、“ユク河ノナガレハ…”  の一節はとても的確に表現していると思う。万物は常に変化し続け、人間も決して例外ではないと…。

  しら雲に 消えぬばかりぞ 夢のよを 雁となくねは おのれのみかは  鴨長明

<引用・参考文献>
   『方丈記 徒然草』 佐竹 昭宏, 久保田 淳 校注, 岩波書店, 1989 (新日本古典文学大系 39)