静寂の古知谷へ
桜の春は騒めいて、何とはなしに落ち着かないので、静かさを求めて大原のさらに奥、古知谷(こちだに)阿彌陀寺まで足を伸ばしてみた。若狭街道を走る車は多いが、そこから少し古知平の集落に入ると本当に静かで、まさに山里。
古知谷阿彌陀寺は、木食僧 弾誓(たんぜい, 1552-1613)が、慶長14(1609)年に開いた念佛道場に始まる。鯖街道に面する石段横には「三昧発得 兩大得 大往生 道場」と刻まれた石碑があり、その先に山門の龍宮門が見える。
堂宇は焼杉山山中にあり、山門から先は急な坂道が谷間を這うように山上へと続く。杉や楓の緑にすっぽりと囲まれた参道の脇には、石碑や石仏が点在し、どれも苔生して静かに時を刻んでいる。傍を流れる谷川の水音を聴きながら、ひたすら曲がりくねった参道を上る。秋には紅葉狩りの人々で賑わうようだが、今は出会う人も無く本当に静か…。
山門から10分ほど上ったあたりで、やっと上方の木立の中に堂宇が見えてきた。…もう少し!堂宇すぐ下の石段前には「禁葷辛酒肉」の石柱。「葷辛(くんしん)」とは「五辛(または五葷)」のことで、においの強い野菜を指す。一般的には、韮、らっきょう、葱、にんにく、はじかみなど。古来より仏教では、「五辛(五葷)」を食べると色欲が刺激されて心が乱れるとして固く戒められている。木の実や山菜のみを食べて修行する木食僧が開基のお寺らしい。
本堂には二体の阿弥陀如来像が安置され、「ミイラ佛」となった弾誓上人が眠る石廟がその北側にある。東側に開けた境内には、六地蔵をはじめ多くの石仏があり、このような山深い所にまで訪れた古人の信仰心が偲ばれる。
帰路、人々で賑わう街中に近づくにつれ、三毒「貪・瞋・癡(とん・じん・ち)」という言葉が脳裏をかすめる。 世の中は…「貪・瞋・痴」で満ち溢れている…。
<参考資料>
・古知谷阿彌陀寺 拝観の栞
・WEB版新纂浄土宗大辞典