追想 ”嵯峨野の春”
いつの間にやら梅雨の季節。奈良博『超国宝展』が6月15日(日)で終了すれば、嵯峨釈迦堂「清凉寺」の御本尊「釈迦如来立像」も、やっと本堂にお戻りになる。"ご帰還の日が雨でなければ良いが… " などと思いながら、過ぎ去った “嵯峨野の春" を追想。
4月初旬 清凉寺にて


ソメイヨシノが満開を過ぎた頃、“清凉寺"
のお釈迦さまに会いに行く。
平日ではあったが、さすがに桜の時期とあって境内はそれなりの賑わいを見せていた。特に最近は、奥嵯峨あたりもインバウンドが増え、清凉寺の境内でもよく見かける。ただ、宗教や仏像に興味のない彼らは、桜と建造物の写真撮影をするだけで、拝観をする人は少ない。

次の日が「灌仏会(花まつり)」だったので、本堂御本尊前にはすでに、右手で天を、左手で地面を指さす生まれたばかりの釈迦像が置かれていた。清凉寺では厨子が開けられている時は、内々陣で御焼香できるのがありがたい。弁天堂のある本堂北側の庭園の桜は、まだまだ見頃で、渡り廊下から見る小倉山も所々桜色に。池近くのミツバツツジが紫色の愛らしい花を咲かせて、移り行く季節を告げている。大方丈前のお庭を見ながら、誰もいない静かなひとときを満喫。
参拝を終えて多宝塔付近を散歩。多宝塔の西側に入る人は少ないが、嵯峨天皇・檀林皇后の供養宝塔や奝然上人・源融公の墓所のあるあたりには山桜も咲いて、静かに春を楽しめるお気に入りの場所。
4月半ば 広沢池そして宇多野病院へ
嵯峨野の里山の春の景色を見たくなり、広沢池に。
今年は桜の開花が遅かったためか、広沢池南側の一条通 (府道29号) の桜並木もまだよく咲いており、遅ればせの花見気分。池では、鴨やサギが思い思いに春を楽しんでいるようだ。桜並木の間の楓 … 鮮やかな若葉に紅い花がいっぱい咲いて、秋とは違う美しさ。




大覚寺と広沢池の間に広がる田畑の道は、滅多に車両は通らないので、のんびり草花や鳥、虫などを観察しながら歩けるのがとても楽しい。赤いレンゲの咲く畑に、黄色のタンポポがずらり花開く土手。名前を知らない草花を見つけると、ついつい足を止めて見入ってしまう。

山裾にある “後宇多天皇 蓮華峯寺陵" の少し南側の畑に、一本だけある桜の木。春にはいつもキレイに咲いて、散歩の時の目印になっている。「いったいいつからそこに居るの?」そんな問いかけをしてみたくなるような、優しげな木で、勝手に「嵯峨野桜」と名付けている。
里人の 暮らし見守り 幾星霜 嵯峨野桜の にほふがごとし (畦の花)


観音島から広沢池東岸を眺めると、対岸の「平安郷」の茅葺の家屋が桜に包まれてなかなか情趣ある景色だ。そして最後は “児 (ちご) 神社" に参拝。境内の奥にひっそりと佇む一本の椿の木には、まだ紅い花が元気に咲いていた。
古への ちごの哀しみ 伝えむと 紅き厚葉木 静けさに咲く (畦の花)


帰宅途中で “宇多野病院" に寄り道。「宇多野病院」では、入院・通院をされている患者さんの気持ちが少しでも明るくなるようにと、様々な種類の桜が植えられている。お邪魔にならなければ外部の者にも開放されているので、遅咲きの桜が見られるかなと訪れてみる。
ちょうど庭園の改修工事中だったらしく、一部の桜は撤去されていて、少しばかりガッカリ。でも正面玄関前の遅咲きの八重紅枝垂桜が見頃。駐車場近くには、白く清楚な太白が大輪の花を咲かせていて… 本当にここは隠れた桜の名所!桜ではないが、ハナズオウ (花蘇芳) の一際鮮やかな赤紫色の花も、淡い桜色によく似合う。
4月下旬 広沢池辺りへピクニック!

ゴールデンウィーク前の土曜日。快い天候に誘われて、お弁当を持って広沢池辺りをぶらぶらと散策。
広沢池南側の楓はすっかり「青もみじ」。紅い花もいつしか可愛い「プロペラ」みたいな種 (「翼果(よくか)」と言うらしい) になり、いつか来る旅立ちの日を夢見ている。楓と言えば秋の紅葉の時期が人気だが、鮮やかな萌黄色の頃には生き生きとした息吹が感じられて、なんだか元気をもらえる。木洩れ陽の中、静かな水面を眺めながら歩くのは、なんとも心地良い。

大覚寺 大沢池の東側あたりで、溝に沿った小径があるのを発見!水門があり、東側の田畑に水を供給するための設備のようだ。人が往来している様子だったので、思い切って小径を探検!!草を踏みしめながら先に進むと … 「後宇多天皇陵」へ続く道に出て少しばかりホッとする。「嵯峨野桜」はもうすっかり葉桜になっていた。
そろそろ正午も近くなったので、竹林の道から「釣殿ひろば」に向かう。竹林の奥からか、鶯のきれいな鳴き声がよく聞こえてくる。春先にはまだ「ケキョ ケキョ」とたどたどしい鳴き方だったのに、今や「ホーケキョ ケキョ ケキョ ケキョ〜」と朗々と美しく鳴いている。鶯には「経読み鳥」という異名もあるようだが、これは江戸時代になり仏教、特に法華経が日本に普及するにつれて、その鳴き声の聞きなしを「法 法華経」と置き換えたからのようだ。また浄土真宗の蓮如上人 (室町時代) には、臨終間際に聞いた鶯の鳴き声が「法聞けよ」と聞こえたという逸話が残る(『第八祖御物語 空善聞書』)。

竹林の道を抜ける辺りで思わぬ光景に出会う。なんと自生するフジが、見上げるほどの高さから見事な薄紫色の花を咲かせて垂れ下がっている!近づけばほのかに甘い香りも漂ってくる。藤棚に咲く園芸種のフジを見慣れている目には、とても珍しいものに見えるが、本来フジは山野や林に普通に見られ、家具や布の材料として利用されてきた。そう言えば、清凉寺の3月の “お松明式"
で使われる松明には、フジ蔓が使われているが、最近ではその蔓を入手するのが難しくなっていると聞いたことがある。自然環境もどんどん変化しているんだな…。


フジの花に心を残しつつさらに南に向かうと、道路際の畑に青々とした立派な麦が育っているのが目に映る。稲と違い麦の穂は、ツンツンと姿勢よく伸びてなんだか勇ましい。小麦かな?久しぶりに見た麦の穂は、なんだか懐かしい香り。触るとチクチクした「芒 (のぎ)」の棘の感触をふっと思い出した。
「釣殿ひろば」近くの畑で、見慣れない機械で作業をしている人がいた。なんだか面白そうなので、しばらく眺めていたが、どうやら畦作りのようだ。「今は機械で畦が作れるんだ〜」などと感心しながら、田植えの時期が近いことを知る。

「釣殿ひろば」で休憩やランチをする人は結構多く、この日も小さな男の子とお母さんが、楽しそうにお食事中。ありきたりのおにぎりも、爽やかな木々の色や香りを感じながら頬張ると、不思議に美味しい!池の方からは鴨の鳴き声が時折聞こえてきてなんとも長閑。畑の方では、鳩の群れが餌をつついている。

帰り際、バス停前の佛教大学「宗教文化ミュージアム」の入り口に遅咲きの桜が咲いているのに気づく。遠目にも存在感のある桜で、近づいてみると菊咲の艶やかなピンクの花が、まるで花束のようにびっしりと咲いている。萌黄色の葉も出て、なんとも豪華絢爛。平野神社で最も遅くに咲くとされる「突羽根」に似ているかな?
嵯峨野は、何度行っても新しい出会いが待っていて、とても楽しい。こんな豊かな自然を大切に守ってくれている地元の方々に感謝!!