『追いつめられて』

2014年8月16日Bibliotheca

『クリスマス・キャロル』で知られているイギリスの作家、チャールズ・ディケンズ(1812-1870)の短編。
生命保険会社の総支配人だった人物が、過去に関わった殺人犯との出来事を語るという形で物語は進む。
友人の保険の相談で事務所を訪問した上品な紳士スリンクトンは、最近姪を一人亡くしたという。さらにその妹も、病弱で彼の庇護の下にある。一見とても姪思いの優しい人物のようなのだが…。
スリンクトンの真ん中で分けられた髪型が、「どうかここをまっすぐ歩いて下さい。芝生へ立ち入りはお断りです!」と語るという言い回しが、彼の隠れた正体を垣間見させるのに、効果的に使われている。そして最近生命保険業界から姿を消したと言われているメルサムなる男性の行方は…。
読み進むにつれて深まっていく謎と、圧倒的な大逆転で迎える結末。短編とは言え、いやむしろ短編だから、その緊張感は非常に印象的で、読後もその不可思議な味わいが心に残る作品。
エラリー・クイーンが発掘し、本格的推理小説の傑作と絶賛してから知られるようになった作品らしいが、確かにそれだけことはある。
この短編集には、人間の暗い部分を描いた作品や、幻想的な作品が収められている。ディケンズという作家は、実は冷徹に人間の本性を見据えた人なのではないか。

(岩波文庫『ディケンズ短篇集』に収録)