氷室神社 (奈良市春日野町)

奈良

 奈良国立博物館と登大路 (のぼりおおじ) を隔てた向かい (北側) にある神社。通りに面して朱の春日造鳥居が建つ。

【歴 史】
 平城京に遷都された和銅3 (710) 年、春日の三笠山麓を流れる「吉城川」(水谷川上流) にある「月日磐 (つきひいわ)」と呼ばれる巨石に「氷神」を奉祀したのが始まりとされる。「月日磐」には厳冬期に作られた氷を貯蔵する「氷室 (ひむろ)」が置かれ、翌年最初の献氷の勅祭が催された。以降毎年4月1日より9月30日まで平城京に氷が献上された。
 平安遷都 (794年) 後に制度は廃止。貞観2 (860) 年、清和天皇の時代に現在地に「氷室神社」として創建される。氷の作り方を教えた「闘鶏稲置大山主命 (ツゲノイナギオオヤマヌシノミコト)」の他、天皇に氷を始めて献上した「額田大仲彦命 (ヌカタノオオナカツヒコノミコト)」と氷を献上された「大鷦鷯命 (オオササギノミコト=仁徳天皇)」の左右2神を併せ三座となった。以来春日大社の別宮となり、興福寺や春日大社の財政的援助により祭祀等が行われた。
 また13世紀には、日本三楽所 (がくそ)のひとつである南都方楽所が置かれて奈良における舞楽の中心となり、神職も楽人が勤めるようになった。
 明治維新での神仏分離政策により興福寺との関係は断たれ、南都方楽所も廃止。現在は専ら氏子と冷凍氷業界の奉賛によって維持されている。
 「三方楽所 (さんぽうがくそ)」… 江戸時代初期に宮廷の雅楽を維持するために設けられた伝承組織。三方とは宮中方 (宮廷・京都)、南都方(興福寺・奈良)、天王寺方(四天王寺・大坂)のそれぞれの楽所を指す。

四脚門

【四脚門 (奈良県指定有形文化財)
 鳥居をくぐって両側に石灯籠の並ぶ参道を少し行くと、正面に石段。その先には東西の翼廊を持つ四脚門。切妻造・本瓦葺の四脚門と翼廊は、応永9 (1402) 年に内裏の日華門が移築され、さらに寛永18 (1641) 年には日華門の扉が下賜された。

【舞殿・拝殿 (奈良市指定有形民俗文化財)
 四脚門を入るとまず目の前にあるのが拝殿 (舞殿)。江戸時代に建てられた桁行二間 梁間一間の拝殿は、舞楽を上演するための舞台 (舞殿) でもある。四脚門の東西廊を楽所にして、左拝殿から本殿を望む方と右方の舞人が拝殿で舞ったという。

【本殿 (奈良県指定有形文化財)
 拝殿の両側には芝生の庭があり、置かれた敷石を辿ると本殿近くまで行くことができる。春日鳥居の奥に見える本殿は、三間社流造、檜皮葺で文久3 (1863) 年に再建されたもの。本殿床下には左右2室があり、側面に両開板戸が付けられている。さらに左側出入口には檜皮葺屋根の庇が設けられた独特な社殿形式とのこと。

舞光神社

末社舞光神社と歌碑】
 本殿の東側にある一間社春日造の小さな社殿。南都舞楽の楽祖とされる狛光高 (こまのみつたか) が祀られている。氷室神社所蔵の鎌倉時代作とされる木造舞楽面 「陵王」(重文, 現在は奈良国立博物館に寄託) は、この社に納められていたそうで、芸道・学芸成就の神様として崇敬されている。

 

 

また舞光神社の近くには、仁徳天皇の歌碑が立つ。
  高き屋に のぼりて見れば 煙たつ 民の竈は にきはひにけり (新古今 巻第七  707)
仁徳天皇の御製であるか否かについてはいろいろと議論のある歌だが、それはそれとして、為政者にこの歌に込められたような心があれば、世界はもう少し生き易いものになるだろうにと歌碑を眺めながらつい思ってしまう。

旧本殿の復元模型

【幄舎と旧本殿復元模型】
 拝殿西側に建つのは、祭儀などの折に使われる「幄舎 (あくしゃ)。平成24 (2012) 年の第62次造替時に、ここにあった「宝庫」が本殿西側に移されたため新築された。屋内には旧本殿の復元模型が展示されている。
 説明書によれば、平成21 (2009) 年に旧本殿に関する文書が発見され、その建築様式が類例のないものであることが明らかになったので復元模型が制作されたとのこと。
 特徴伊勢神宮の本殿を桁行が向かい合うように二棟並立。二棟の妻全体に向拝を設けて正面とする。二棟とも棟持柱で棟木を支え、四つの千木も伊勢神宮と同じ形式。
 氷室神社が皇室と深い関わりのある社であることがよくわかる展示物。

【鏡 池】
 境内の南東、参道の東側にある池。中島があり、辺りには枝垂れ桜もあってホッとできる空間。春には華やいだ雰囲気の場所となるのだろう。またこの近辺には川や池が殆ど無いので、文化財を守る防火用水としても大切にされているようだ。

奈良と言えば「鹿」。公園では多くの鹿がゆっくりと歩いていたが、夏の暑さを避けて木陰で休む姿もチラホラ。
   片蔭で 氷室思うか 憩う鹿  (畦の花)

 

<参考資料>
・ 氷室神社 公式ホームページ,  境内駒札          ・ 奈良まちあるき風景紀行
・ 文化デジタルライブラリー 「雅楽」  日本芸術文化振興会   ・ フリー百科事典  『ウィキペディア(Wikipedia)』