千歳車塚古墳 (京都府亀岡市千歳町)

2022年8月10日史跡

亀岡市の出雲大神宮に参拝した折に、近くに大きな古墳があることを知り訪れてみた。出雲大神宮の大駐車場から西に5, 6分歩いた水田の一角。そこにこんもりと樹木が茂る二つの丘「千歳車塚古墳」はあった。農作業用の道路の端には、アカツメクサやシロツメクサなどの野草が咲き、空には時折鳶も飛んでいる長閑な地域だ。

【千歳車塚古墳 (国史跡)】
前方後円墳 (北西に前方部)。全長80m、後円部の直径41m、高さ7.5m、前方部の幅45.5m、高さ6m。
後円部の直径に較べて前方部の幅が大きく、墳丘のくびれ部には造出を持つ。表面には葺石・埴輪が認められ、周囲には盾形周濠の痕跡をとどめている。
築造時期については、出土した埴輪から古墳時代中〜後期、6世紀前半頃かと推定されている。また被葬者については、築造当時としては丹波地方で最大規模で、近畿地方でも屈指の規模になることから、亀岡盆地だけでなく南丹波全域を治めた首長の墓と推定されている。
一説には、第14代仲哀天皇の五世孫である倭彦王(やまとひこのおおきみ) とも言われているらしい。(ただ、仲哀天皇その人自身の実在性が疑わしいようなのだが…)

残念ながら古墳の周囲全体を歩いてみることはできないが、それでも前方後円墳の整った姿は十分に見て取れる。どのような人が眠っているのか、想像するのも興味深い。

  大王(おおきみ) の 鎮る丘に 風薫る  (畦の花)

    <参考資料> 亀岡市教育委員会HP (文化財)